【近日募集開始】1月17日大さん橋ホール/「いのちの地球(ほし)」合唱&フラ募集

【響きのコラム194 時を超えた導き】​

10年ほど前からしばらく、湯河原のある方の元へ通っていた。

父と同郷のご縁で出会った、重森一露先生

名家の生まれのお嬢様だったけれど
ご結婚後に苦労されて悩まれる中、角倉羅窓老師に出会い
在家で禅の道を静かに探求されていた。
(角倉老師は戦中から戦後にかけて、現上皇明仁さまの東宮侍従もされていた希代の経歴をもつ方だった)

わたしは大きな手術のあと、不調が続いていた心身の体調を整えるため
参禅という名目で伺っていたのだけれど
15分ほどの座禅を組んでも、
眠くなるし、頭の中は雑念でいっぱい。

隣で座っている先生からは
山のようにどっしりと、そしてしんとした静けさが伝わってきて
隣に座っているだけで心が落ち着き、心地よい時間だった。

湯河原の山の中腹にある先生のご自宅は、
四季折々の自然のままを生かしたお庭がとても美しく、
まさに禅的な風景だった。

湯河原駅からわたしの乗るバスが到着する頃合いをみて、
表を掃き清めながら迎えてくださる先生の笑顔は、いつもあたたかかった。

私の到着が遅くなって家の中に入られているときは、
石段に散っている美しく色づいた紅葉にみとれながら門をくぐった。

いつも私は、座禅そのものよりも
先生が用意してくださった、おいしいお昼や、おやつをいただきながら暗くなるまでお話する時間が、密かな楽しみだった。

角倉老師との偶然と思えないような出会いや、
老師から学ばれたこと、
禅のことばなどを惜しみなく教えてくださり

また芸術にも造詣が深く、
禅の視点から、様々な絵画や音楽、芸術のことを教えていただく時間がとても楽しくて
その静かに豊かな時間の中で、私の心身は癒されていったのだと思う。

そして今も、私を支える大きな宝物になっていることに改めて気付かされる。

片岡珠子、仙厓さん、熊谷守一、白隠禅師、小倉遊亀、いせひでこ、長田弘、
といった名前は、すべて先生から教えていただいた。

音楽も大好きで、技術や形式的なことには興味を持たれず
武満徹さんのことも、
禅と通じる音楽として何度も語ってくださった。
 

「魂のこもったメロディ」「心に響く歌詞」というようなことを、何度も先生とお話したと思うけれど、飽きることはなかった。

私がソロ演奏活動を初めてまだ間もない頃、
コンサートの前に緊張して困っていると言ったら
「失敗したからといって嫌う人はいないから大丈夫」
と笑いとばされ
その朗らかさに心が軽くなった。

コンサートに足を運んでくださったときは、わたしの演奏やMCを聞いて
あなたは素朴な人だと言って、また大笑いされた。

いいのか悪いのか、先生の意図を少し測りかねたけれど(今も真意は不明だけれど)
禅の世界では素朴はいいことだと教えていただいていたから、
きっと褒めてくださったのだと良い方に解釈して私は嬉しくなった。

「ありのまま」という言葉が生きた言葉として、
本当にありのままでいいんだと言うことを教えていただき
あなたはそのままやっていけばいいと言って、何度も励ましてくださったことを思い出す。

先生は、それらしい格好をしたり、かっこつけたりすることを嫌い
なんでも私に包み隠さず話された。
ご自身の弱さも、欠点もあることを自然に受けとめていらっしゃるような人間くさいお姿も好きだった。
(今思えばそのこと自体が教えの一部だとも思う)

ある年のお正月に兄弟子と一緒に伺ったとき、
励ましをこめて、
そして禅のことを忘れないように、という思いをこめて
禅の本から
「格外の清音 古調高し」という
言葉を探して、書にしたためて待っていてくださり
私に「清音」という名前を授けてくださった。

もちろん悟ってもいなければ、気まぐれにしか取り組んでいなかったわたしは少し気恥ずかしさもあったけれど
そんな私のこともわかった上での、静かな導きにありがたさでいっぱいになった。

  
変わりゆくものへの執着も、手放して
悲しみも、ありのままに受け入れて
おられる先生だった。

故郷の上下町が廃れていくことを嘆き悲しみ、あるとき「故郷」という詩を託してくださって、
曲をつけさせていただいた。

ネコヤナギ楽団を、上下町に呼んでくださったのも重森先生だ。
パンさんなりさんと3人ではるばる旅をして、よくわからないけど言われてしぶしぶ参加したという雰囲気のお客様に囲まれて
「故郷」も演奏し、
最後には、みなさんが惜しんでくださって、また来てねとたくさん言っていただいた。

曲のもつ悲しみが深くて、「故郷」はその後あまりライブで演奏していなかったけれど
何故か今回のライブでは、演奏しようと早々に心に決めていた。

 
数年前に施設に入られてから、昨年、一度だけお会いすることができたのだけど

昨日、兄弟子から突然メールが届いて 
1年前の9月に天に還られたということを
まさか、ライブの2日前に知って、びっくりしている。
 
 
先生と角倉老師との出会いも、偶然だったと伺った。
そして私と先生の出会いも、びっくりするような偶然の導きだった。
人生はやはりきっと、目に見えないなにかに守られて、導かれているのかもしれない。

この世には理解を超えた不思議なことがあるのだと、先生は何度も話されていた。

昨日、一年前の訃報のメールをいただいたのも、先生のいたずらなんだろうか。

心の中は弱さでいっぱいのわたしは
今になってまた、大きな励ましをいただいたように感じて
先生のあたたかさがあふれるように思い出されて
心がいっぱいになった。

明日は、
静かでもじんわりと、ご縁の尊さやいのちの不思議さを感じるライブができたらいいなと
きっとそういう日なんだ、と感じている。

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